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虹色 小説

まだ、始めたばかりですが、星に関する小説や、ホラー、サスペンスなど書いているものをアップして行きます。応援よろしくお願いします。

携帯電話

2012-01-24-Tue-08:38
朝から引っ越し屋さんがやってきた。
折りたたまれたダンボール箱、
緩衝材のプチプチのロール、
色々なものが僕の部屋に運ばれてきた。

前日に、ある程度の仕分けをしていたので、
引っ越し屋さんに、必要なもの、必要でないものを伝えた後は
何もやることがなくなってしまった。

時折、キッチンへ行ったり、リビングに行って、
伝えたとおりのものが箱に詰められているかを確認するぐらいで時間をもてあましていた僕は、
ふと、ベッドルームの押入れを開けてみた。
そこには、プラスチックの洋服入れの箱があった。
もう捨てていこうと思った箱の中身は、
電気の配線コードなんかが詰まったガラクタの入った箱だった。

そういえば、この箱の中身はいらないと思い込んでいて、
この箱は開けて確認していなかった。
半分まで閉めた押入れの戸をもう一度全開にして、
僕は、押入れの前に座り込んでしまった。

プラスチックの箱のふたを開けてみた。
思ったとおり、ビデオの配線や、電気コード、
USBのデバイスハブ、
それに何の充電器なのか、
分らなくなった何かの電源コード、
そんなものばかりが詰まっていた。
さっと一目見てからため息をついた。

座り込んでふたを開けたものの、中身を見て

「やっぱり、いらないものばかりだな」

そうごちた僕は、複雑なコードの隙間から見える箱の底に
小さな黒い塊があるのを見つけた。

「携帯電話、だな」

絡み合ったコードの箱の底から、僕は携帯電話に手を伸ばして、
携帯電話の側には、充電コードと海外旅行用の電源ソケットもあることに気がついた。
僕は、充電コード、電源ソケット、そして携帯電話を箱から取り出した。
箱の底にあったせいかボタンの隙間にも埃が詰まっていたけどまだ動きそうだった。
もう、使わなくなって5年以上が経つ。
頭の部分についた小さな電源ボタンをしばらく押してみたけど、
やっぱり画面は明るくならなかった。

「田中さん、こちらの部屋はこれで終わりですか」

引っ越し屋さんに声を掛けられた僕は、
座ったまま部屋を振り返った。
散らかっていた部屋はきれいに片付けられて、
ダンボール箱4箱が2箱ずつ部屋の隅に積み上げられていた。

「あ、はい。これで大丈夫です」

「処分するものがあれば、一緒に運び出して処分しますが」

引っ越し屋さんがガラクタの入った箱をみて、声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて、この箱、処分してもらってもいいですか」

「分りました。じゃあ、そちらも一緒に運び出しますね」

引っ越し屋さんはそういうと、ガラクタの詰まった箱のフタを閉めると
段ボール箱の上に積み重ねて、『いらないもの』とマジックで大きく書き込んだ。
僕は携帯電話と充電器を片手にキッチンを抜けてリビングに戻った。
キッチンも、リビングもきれいに片付けられ、
大きな箱がいくつか積み上げられているだけで、昨日までの生活感がまったくなかった。
引っ越し屋さんはリビングで、引っ越し荷物のリストを作成していた。
僕は部屋に備え付けだったソファーに腰を下ろして、
携帯電話と充電コードをガラステーブルに置いた。
リストを作成していた引っ越し屋さんが携帯電話に気がついて、

「ずいぶん古い方の携帯電話ですね。」

と声を掛けてきた。

「ええ、5年前ぐらいのものかな。そのときつかっていた携帯電話です。なんかいらないと思っていた箱を開けて
みたらでてきたので」

「その機種、当時流行っていましたよね。」

そういうと引っ越し屋さんは珍しいものをみるように携帯電話にちらっと目をやったが、
興味が浮かばないのか、またリスト作りを始めた。
しばらくして、リストが出来上がると、

「はい、ではここに書いたリストを確認していただいて、よろしければ、こちらにサインをいただけますか」

と、出来上がったリストをテーブルに広げた。
一通り目を通して確認した後、僕は、4枚のリスト、すべてにサインを終えた。

「では、新しい住所へのお届けは、来月の1日でよろしいですね」

引っ越し屋さんは念を押すように僕に返事を求めた。

「はい、それでお願いします」

その回答を待っていたように、引っ越し屋さんはソファーから腰を上げ、

「では、これから荷物は運び出します。ありがとうございました。」

そういうと、側のダンボールの一つに手を伸ばした。
しばらくすると、ダンボールはすべて搬出され、備え付けの家具以外何もない
生活感のまったく無い部屋に、僕は一人ぼっちになった。
一仕事終えた気分で、缶ビールとさきいかを取り出して、リビングに戻ると、
僕は何もなくなった部屋を満足気に見回し、ぐっと最初の一口を飲み込んだ。引っ越しで舞った埃のせいだろうか。少しいがらっぽくなった喉に炭酸の刺激が心地よく通った。


その夜、僕は、会社の送別会と称した飲み会で遅くなり、
部屋に戻ってきたのは夜中の3時過ぎだった。
散々飲んだこともあるし、外を歩いてきたせいもあるだろう。
喉が渇いた僕は、冷蔵庫を開けて、一人苦笑した。
冷蔵庫には、買いだめしていた缶ビールとおつまみのさきいか以外は何も無く、
飲み物はビールだけだった。

明日の朝は、空港に行かなきゃいけないのに

そう思いながらも、缶ビール以外の選択肢はなく、僕は缶ビールを手にリビングに戻った。
ビールを置いたテーブルの上には、昼間置いた携帯電話そのまま乗っかっていた。
酔いは僕を感傷的にさせ、そこにあった充電器と携帯電話を接続すると、
旅行用の電源ソケットを使ってリビングのソケットへ接続してみた。

「だめかな」

接続した後も、真っ暗な画面をしばらく見ていると、
ピピという音がして、
携帯電話の画面には、充電中の乾電池型のアイコンがでてきた。

もしかしたら、動くのかな

僕は、ためしに電源ボタンを押してみた。
画面には、メーカーロゴがでてきて、携帯電話は立ち上がった。

「まだ、動くんだ」

5年ぶりに動いた携帯電話に少し感動を覚えながら、
僕は、通話ログを開いてみた。
5年経ったのに、通話ログには当時の記録が
すべて残っていた。
番号の羅列が並ぶ通話ログをずーっとスクロールしてた僕は、
その一列に登録されていた忘れられない名前を見つけていた。
この携帯電話を起動させたのは、
もしかすると、
あれが残っているかもしれない、
そんな淡い希望があったからだった。

それは、当時付き合っていた彼女とのメールのやり取りだった。
僕は、彼女の名前がタグ付けされたSSMのログを開いてみた。
5年の歳月を経た今でも、携帯電話のログには、
出会った頃に交わしたメール
付き合い始めたころのメール
喧嘩をしたときのメール
旅行にいって一緒にとった写真
すべてが鮮明に残っていた。

もう、5年経ったんだ。

僕は、必死に当時のことを思い出しながらそのひとつひとつ読み進めていった。
僕のほろ酔いの頭で、思い出は少し美化されながら蘇っていた。
ビールを3本開けた頃、最後のメールまで辿り着いた。
そこに別れのメールは無かった。

最後に、彼女と別れたのはこの部屋だった。
3年間付き合って、
やっと二人で一緒にいられる時間と空間に引っ越してきた僕らを待っていたのは、
突然の別れだった。
たわいもない喧嘩で彼女はこの部屋を飛び出し、
そして僕らはそのまま連絡も取る事もなく別れた。

未練がなかったか、

あれから思い出さなかったか、

そう問われれば、それがないといえば嘘になる。
しばらくは、思い出し、そして連絡を取ろうとしたこともあった。
しかし月日が経つにつれ、想い出は心に蘇ることが少なくなり、
やがて、それは表立って、僕の意識に登場することはなくなった。

僕は、リビングを見回した。
目の前に広がる生活感の無い部屋は、
住み始めたころとあの日と同じように何も無く、
あの日と同じように、だだっ広い空間が広がっていた。

この部屋には、彼女と過ごした想い出はない。
ここにきて、本当に、生活品をそろえる間もなく僕らは別れてしまった。
だから、部屋には、別れた思い出しか残っていなかった。
部屋の片隅には、あの頃と同じように、
引っ越し荷物には入れなかったスーツケースに詰まった僕の荷物が置いてあった。

僕は目の前の携帯電話をもう一度見た。
ブン
携帯電話の画面は、そううなり声を上げて、真っ黒になった。
真っ暗になった画面をしばらく見つめて、
僕は、
もう一度、携帯電話の電源を押してみた。

画面は、もう明るくならなかった。

「壊れちゃったか」

僕はそうつぶやいた。
外は、もう明るかった。時刻は6時を指していた。

空港に行かなきゃ行けないな。

僕は、シャワーを浴びて服を着替えると、
リビング、キッチン、ベッドルームをもう一度回って
もう一度、忘れ物がないかをチェックした。
最後にリビングにもう一度戻ってきた僕は、
テーブルに並んだビールの空き缶をゴミ袋にいれた。

側に置いてあった携帯電話を手に取って、
手でぎゅーっと握りしめてみた。


てのひらを伝わって、
中にあったデジタルの記憶が僕の体に移ってきたような気がした。

捨てがたい

少し躊躇しながら、それでもぼくは、

「ありがとう」

そういいながら、動かなくなった携帯電話をゴミ袋へ入れた。



部屋をでて鍵を閉めた僕は、
バス停までの道のりにある不燃物置き場に携帯電話の入ったゴミ袋を投げ入れた。

少し歩いた僕は、
振り返ってゴミ置き場に転がったゴミ袋をしばらく見て、
そして空を見上げて深呼吸をした。
冬の寒い日だったけど、
空は雲ひとつなく澄み切っていった。
どこまでも冷たく、
そして透き通るような空気が肺に一杯に取り込まれ、
体中の細胞が生まれ変わったような気がした。

「さあ、出発だ」

僕はそういいながら、バス停へ歩き出した。



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